「ラケット」
「ラケットはいいなぁ。」
ぽそっとが呟いた。
部活後の氷帝男子テニス部の部室で、
ラケットを大切そうにバックにしまう忍足を見ている。
忍足は表情を変えず言った。
「お前、アホちゃうか?
ラケットになったら顔面でボコボコ球打たれんねんで?」
は口を大きく開け呆然としている。
忍足の夢の欠片もない返答が彼女にそうさせたのだろう。
なんとも間の抜けた顔である。
「おい、。また間抜け面になってるぞ。」
跡部が汗を拭きながら笑った。
「だって、侑士、意味解ってないんだもん!」
の間の抜けた顔が、瞬時に呆れ顔に変わる。
「意味?どんな意味かゆーてみ。」
忍足が意地悪そうに言うと、今度は顔を真っ赤にする。
まさに百面相。
は気付いていないが、
忍足と跡部はこの百面相を面白がってやっている。
「はは、はすぐ顔に出るから解りやすいよな。
お前・・・」
「ま、待って、跡部くん!その先は言わな・・」
「忍足のこと、好きなんだろ?」
の言葉などは気にせずに言ってしまった跡部。
絶対わざとだ、とは確信し、
少し涙目で跡部を睨みつける。
の目に映ったのは、
いつもの人を嘲笑っているかのような跡部ではなく、
どこか切なさを感じさせる表情だった。
「じゃ、俺帰るわ。おつかれさん。」
バックを背負い、部室から出ようとする忍足。
跡部の言葉は全く気にしていない様子。
そんな忍足の肩を跡部が掴み、歩みを止めた。
「なんやねん。」
「・・俺と勝負しろ。」
真剣な表情で跡部が言った。
は何?と不思議そうに二人を見上げている。
「嫌や。」
忍足は考えもせずに即答した。
肩を掴んだままの跡部の手を払いのけ、
再び帰ろうとする。
「勝つ自信がないのか?」
跡部が嫌味っぽく言う。
忍足は軽く溜息を吐き、
「お前の挑発にはのらん。」と振り向きもせずに答えた。
「じゃぁ、試合放棄とみなして俺がもらうぞ、は。」
「は?!」
驚きでまた口を大きく開く。
忍足はというと気付いていたのか、至って冷静。
「それでいーなら早く帰れよ。」
「えーわけないやろ。」
少し怒りの混じった視線を向ける忍足。
緊迫気味の空気の中、パニックになっている者が一人。
大きな口を開けっぱなしのまま忍足と跡部の顔を交互に見る。
「わかった、やればえーんやろ、試合。」
「・・早く着替えろよ。」
背負ったバックをおろし、また溜息をつく忍足。
「え、何、試合するの?」
「そーや。は先にコートに行ってろ。」
「あ、うん。」
何の試合か、まだ把握しきれていないのか、
は不思議そうな表情のまま部室を後にした。
無言で着替え始める忍足。
跡部は少し声を出して笑った。
それを忍足は鋭く睨みつける。
「そんな怖い顔すんなよ。
結局お前もが好きなんだな。」
不機嫌絶好調な感じで着替え終わった忍足は、
ロッカーをバタンッ!と力一杯閉め、
「なんで俺が・・・」とロッカーに額を付けながら呟いた。
そしてまた跡部を睨みつける。
跡部も真剣な顔で言った。
「この勝負で勝ったほうがを手に入れることができる。
負けたら一切の手出しも許されない。いいな。」
「よーは勝てばえぇんやろ。」
そう言ってコートへ向かった。
「あ、やっと来た。」
コートの脇でしゃがみ込んでいたが顔を上げる。
「待たせたな、。審判、頼む。」
跡部が、やはりどこか切なそうな表情で言う。
は心配そうな顔を向けたが、
跡部が顔を背け、試合を始めた。
試合は接戦だった。
通常ならば、『いい試合』と呼ばれるもの。
接戦の上、勝者は忍足だった。
試合後の握手などはない。
正式な試合でもないし、
お互いそんな気分でもない。
跡部は顔を伏せたまま、部室へ走っていった。
「あ、待って・・」
が跡部を追いかけようとした時、
忍足に手首を握られた。
強く。
痛い程に。
まるで手から気持ちが伝わってくるかのよう。
「行くな。」
まだ息も整ってなく、汗も引いていない状態。
やっと出た言葉。
「え・・・・・」
手首を引き寄せ、
今度は自身を抱きしめる。
試合をしていないの心臓も、
息が上がっている忍足と同じくらいの速さで脈を打っている。
「俺が・・勝ったんや。
俺の傍に居ろ。」
頭の中が真っ白になった。
好きな人に傍に居ろと言われた。
好きな人に抱きしめられながら。
どうゆう状況?
そんなコトを考えているの目は焦点が合っていない。
口は閉じているものの、顔は真っ赤。
瞳が少し、潤んでいる。
忍足はそんなに気付き、
小さく笑った後、瞼に口付けた。
「泣くアホあるか。
こーゆー時は、笑っとき。
ラケットなんかより、ずっとえーやろ?」
そしてはすぐに、
満面の笑顔を見せた。
***fin***
伍万HIT御礼企画、智尋さんからのリク夢でした♪
関西弁万歳。
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