「おまじない」




「お帰りなさい!」


パッチ族が用意した民宿に、可愛らしい声が響く。
玄関で笑顔でお出迎えしたのは



「ただいま。」



少し疲れた声で答えたのは蓮。
ついさっき試合を終わらせ急いで帰ってきた。

別に、コレといって用事はなかったが。




「あれ?ホロホロさんとチョコラブさんは?」


「・・・・・・・・・置いてきた。」



「また?!」




そんな会話をしながら並んで部屋へ向かう。
二人はとても仲が良く、将来を誓い合った仲でもある。

と話している時は、蓮の少し尖った口調も表情も柔らかくなる。






部屋に着くと、すでにお風呂の用意がされており、
ソレをが手渡す。

蓮は受け取ると必ず、




「すぐ出てくる。」




という。

別に、急ぐことなど一つもないが。

は苦笑いしながら手を振る。






”ナンデ・・・?”





蓮が出て行った後をぼーっと見つめる。

すると思い出したかの様に立ち上がり、キッチンへ向かった。
お風呂から出たら次は食事。

は食事の時が一番好きだった。




蓮の友達のコト

試合のコト

将来のコト


たまに昔の話しもしてくれるから。


あまり思い出したくなさそうなので、深くは聞かないが。





調理が終わり、テーブルに並べているところに、
蓮がお風呂から上がってきた。



「牛乳、飲むでしょ?」

「あぁ、頼む。」



並べるのを一端止め、冷蔵庫から冷えた牛乳瓶を取り出し渡す。

すると蓮は一気に牛乳を流し込む。

空になった瓶はに返し、テーブルの料理を前に座る。
は最後の料理を運ぶと、蓮の隣に座った。





「・・・??」




いつもは向き合って座っているのに。


不思議に思った蓮はに問いかけてみる。
は蓮の腕を抱きしめて答えようとしない。

蓮も無理に聞こうとはせず、空いている方の手で料理に手を付け始めた。
それは、蓮なりの優しさでもあった。

しかしは・・・







「ど・・して?」






少し擦れた声。


蓮は箸を置き、心配そうにの顔を覗き込む。




「何かあったのか?」

「・・・・・・。」


「身体の調子が悪いのか?」

「・・・・・・。」



は蓮の問い全てに、首を大きく横に振る。
首を振る以上、何も言おうとしないに蓮は痺れを切らして、
の両肩を掴み言った。




「何故、何も言わんのだ。」



は目線を合わせようとはせず、そのままでやっと口を開いた。





「何故、そんなに急いでいるの?」




暫くの沈黙の中、時計の針の音だけが響く。



するとがそっと蓮の頬に触れる。
その手に、蓮も手を重ねた。


「ねぇ、蓮。走り続けるのは辛いでしょう?
立ち止まれとは言わないわ。

でも少し、歩いてもいいんじゃない?


貴方が思っているより、蓮の心は疲れているわ。」



は手を離そうとするが、それを蓮が止める。






「俺が、疲れている・・だと?」





蓮は数秒を見つめ、フッと瞳を閉じる。


「疲れているのはの方ではないのか?

俺には疲れる原因などない。





・・・・・・が傍に居るしな。」



「・・・・・・・・・。」





蓮はの手を離し、再び料理を食べ始めた。

自由になった手を床に落とし俯く。



そんなを横目に、蓮の箸の進みが遅くなった。




温かかった料理が冷めていく。




不意にが蓮の背中にそっと触れる。

ゆっくり、ゆっくり。


背骨に沿って降ろしていき、



ある処で止まる。







蓮の背中に刻まれている『不迷』の傷痕。







にしてみれば痛々しく、悲しい傷痕。













その後は二人とも、一言も言葉を交わさずに過ごし、就寝した。


しかしは、蓮が寝息を立て始めた後、
もう一度、彼の背中の傷痕をそっと指でなぞる。

自然と悲しくなって、優しく抱きしめる。













これ以上、傷を増やさぬようにと。










「・・・・・・・・。」






眠っていたはずの蓮から名前を呼ばれ、ビクッとする。
蓮はの方に向きを変え、抱きしめ返す。





「そんなに背中の傷が・・・キライか?」




つぶやくように問いかける。



「嫌いとかじゃ、なくて。

開きかけてた蓮の心が、また見えないの。」




「・・・?」




は蓮の腕の中でポツポツと話し出す。

言葉を探しながら。

一生懸命気持ちを伝えようとしている。





「この傷が出来てからまた・・・。
身体の傷で、心の傷を隠してる・・・・・気がする。

だから・・・・・・・・。」



だから、このまま傷が増えてしまったら、


蓮を・・見失ってしまうかもしれない。







それが怖い。













『もう、戦わないで』













 
この本音を言えたら、どんなに楽だろう。

でも、言えるわけがない。


言ったら私は楽になるかもしれない。



だけど、それと引き替えに蓮を苦しめるだろう。






そんなの、今以上に耐えられない。



彼は優しい人だから。


私を傷つけるくらいなら、自分が傷ついたほうがましと。




私は彼を苦しめてはいけない。


彼を支えなければならない立場なのだから。



「・・だから、なんだ?」








「だから・・だから。









傷を増やさない、おまじない。」









は顔を上げ、両手で蓮の頬を包み、
そっと唇に口付けた。









戦うことを止めない貴方へ。


傷を増やさぬおまじない。









そして二人は指を絡ませ、静かに眠る。




いずれ向かえる、戦いの時を待ちながら。












***fin***




伍万HIT御礼企画、藍蘭様からのリクでした☆
しっとりした感じの蓮くんが書きたくて、
なんとかしっとり感を出そうとしている作品なんですが。
背景もしっとりしてみましたvv

ご感想お待ちしておりますvv

→黒蝶

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